【column】#4「振り返り、信用、備え」

振り返りの法則

一年でどれだけの変化があったのか。それは、投じた資源(時間、労力)に対して自分のステータスがどれだけ変化したのかと言い換えても良い。
クソゲーであれば、すぐにそのゲームから降りるだろう。人生というクソゲーに対して、それをクソゲーだと気づけたのだろうか。方向転換を図れたのか。

社会人になれば、何が中心にあるのか。やはり、大半の人にしてみれば、仕事だろう。仕事を通じて得たもの、失ったもの、何かにつながったもの。

プロジェクトや仕事のマネジメントはうまく行ったのか?
この1年でどれぐらいの人物と新しく出会ったのか?
自分は昨年と比べてどれぐらい成長したのか?
どんな夢や目標を実現したか?
この1年で何を学び、どんな成長を手に入れたか?(仕事、お金、家庭、恋人、人間関係)
この1年でどんな思い出を作ったか?
それぞれの目標を達成できなかった原因は何か?

クソゲーであるとその場で気づけない場合、たびたび感じることではあるが、その時自分が感じている達成感、優越感、充実感等には後で振り返ってみると、必ず何かしらのがあるということ。

相手を罵る、馬鹿にする、卑下する、嫉妬する。そういった感情は自分の弱さ、未熟さ、愚かさからきているということ。その過去の自分を現在の自分が省みると、大抵自身がお粗末な人間で、なんであの時、あんなことをしたのだろうかと思うのが常だ。

完璧な人間などいないが、別な着地、結末も見えていた中で、なぜそのエンドに向かったのか。どの選択をすれば、もっと望むような結末へと向かったのか。それを可能にするのが反省だが、あくまで事後的なものに過ぎないし、後手に回っている。

だが、一度仕組みをつかめば、それについては繰り返すことはない。ベターな選択につなげることはできるだろう。とはいえ、その選択をすることにはなにかしらの意味があることも考えてみてはどうだろうか。すべてが自分の意思だけで、動いているというわけでもない。他人の意思によって、結末が決まってしまう場合もある。

そもそも結末が決まってしまっている場合は除いて、何か微妙な気づきを見逃さずに、それに瞬時に対峙することができていれば、決まってしまっていた結末も変えることができるのでないか。ずっと立ち止まっている人などいないし、ずっと動いている人もいない。時々立ち止まり、急に動き出す。

信用と備え

信用は自分への信頼、自信になる。

お金が集まるのは、その人にそれだけの額を、信用を扱えるだけの力、度量、信頼があるから。

突発的なお金で一生を壊す人がいるのは、その額に見合う人間でないのに、多額の信用を手にしてしまったため。何もない自分に多額のお金を扱えるだけの力はない。散財し、信用を失い、自分を失う。

だからこそ、常に備える。

信用を、富を、お金を、自信を得るために、陰ながらに粛々と備える。

備えるというのは、守りばかりではない。攻勢に転じつつ、ダメなとこは振り返る。
教養を身に付け、器量を上げ、信用を得た状況をイメージしておく。その信用を自分ならどのように使うか、何ができるのかを常に考えておく。

関連

ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく [ 堀江貴文 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2021/8/11時点)楽天で購入
究極進化したフルダイブRPGが現実よりもクソゲーだったら3【電子書籍】[ 土日月 ]
価格:792円 (2021/8/11時点)楽天で購入

column

Posted by himajinn